東京地方裁判所 平成11年(ワ)21189号 判決
原告 丸山工業有限会社
右代表者代表取締役 丸山誠司
右訴訟代理人弁護士 及川智志
同 蒲田孝代
被告 株式会社ステンレス加工製作所
右代表者代表取締役 倉井正
右訴訟代理人弁護士 成毛由和
同 狐塚鉄世
同 成田茂
同 戸谷博史
同 大串淳子
被告 国
右代表者法務大臣 保岡興治
右指定代理人 下岡守彦
同 西垣均
同 近藤高史
同 小板橋世子
同 佐藤春正
同 林俊夫
同 尾山将
被告 太陽信用金庫
右代表者代表理事 豊島勝治
主文
一 原告と被告株式会社ステンレス加工製作所及び被告太陽信用金庫との間において、原告が別紙供託金目録記載一、二の供託金につき還付請求権を有することを確認する。
二 原告の被告国に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告株式会社ステンレス加工製作所との間及び被告太陽信用金庫との間においては、原告に生じた費用の各三分の一を各被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告国との間においては、全部原告の負担とする。
事実
第一申立て
一 原告と被告らとの間において、原告が別紙供託金目録記載一、二の供託金につき還付請求権を有することを確認する。
二 被告ら
原告の請求を棄却する。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告は、被告株式会社ステンレス加工製作所(以下「被告ステンレス加工」という。)から、平成一一年七月二一日、金属加工代金の弁済のため、被告ステンレス加工が株式会社三井建設(以下「三井建設」という。)に対して有していた左記債権を譲り受けた(以下「本件債権」という。)。
記
<1> 中央区森ビル建設工事代金債権 金二一〇万円
<2> 深沢一丁目計画工事代金債権 金四九三万五〇〇〇円
(二) 被告ステンレス加工は、三井建設に対し、書面により、右債権譲渡の事実を通知し、平成一一年八月九日、右書面は三井建設に到達した。
(三) 被告ステンレス加工は、三井建設に対し、以下のとおりの債権を有していた(甲第六号証)。
(1) 平成一一年八月支払分
中央区森ビル建設工事代金債権 二〇九万八〇〇〇円
深沢一丁目計画工事代金債権
雑工事分 二〇九万二七五〇円
金属工事分 一五七万三五〇〇円
その他の工事代金債権 七五万二一五〇円
合計 六五一万六四〇〇円
(2) 平成一一年九月支払分
深沢一丁目計画工事代金債権
雑工事分 二〇万九八〇〇円
金属工事分 一五七万三五〇〇円
その他の工事代金債権 七六万九三〇〇円
合計 二五五万二六〇〇円
2 被告国(墨田社会保険事務所)は、1(三)の債権を差し押え、平成一一年八月一七日、三井建設に対し差押通知をした。
3 被告国(東京国税局)は、1(三)の債権を差し押え、平成一一年八月二〇日、三井建設に対し差押通知をした。
4 被告太陽信用金庫の申立てにより、1(三)の債権につき仮差押命令が発せられ、三井建設は、平成一一年八月二〇日、右仮差押命令の送達を受けた。
5 三井建設は、平成一一年八月二四日、1(三)の債権のうち八月支払分につき別紙供託金目録記載一のとおり(右供託に係る供託金を「供託金一」という。)、同年九月二二日、九月支払分につき別紙供託金目録記載二のとおり(右供託に係る供託金を「供託金二」という。)、供託した。
6(一) 原告は、有効に債権譲渡を受けたから、供託金一のうち金五七六万四二五〇円(供託金一からその他の工事分を除いたもの)、供託金二のうち金一二五万八八〇〇円(譲渡を受けた深沢一丁目計画工事代金債権金四九三万五〇〇〇円の残額分)について還付請求権を有するというべきである。
(二) 被告らは、原告が本件の各供託金に還付請求権を有することを争う。
7 よって、原告は、被告らに対し、請求の趣旨記載のとおり還付請求権を有することの確認を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 被告ステンレス加工
請求原因事実は全部認める。
2 被告国
請求原因1(一)、(二)の事実は知らない。請求原因1(三)の事実、同2、3、5の事実は認める。同4の事実は知らない。同6(一)は争う。
3 被告太陽信用金庫
請求原因1(三)、4、5の事実は認め、その余は知らない。
三 抗弁(1、2(一)については、被告国及び被告太陽信用金庫がともに主張し、2(二)については被告国のみが主張するものである《すなわち、被告太陽信用金庫の答弁書の記載によると、譲渡禁止特約の存在及びそれについての悪意を主張しているとは読み得るが、譲渡禁止特約の存在を知らなかったことについての過失の点については、注意義務違反がなかったとの原告の主張を否認すると述べるだけで、過失の具体的主張はされておらず、原告に重大な過失があったことを主張しているとまでは読み得ないものである》。)
1 本件債権には譲渡を禁止する旨の特約が付されていた。
2(一) 原告は、右譲渡禁止特約が付されていたことにつき、悪意であった。
(二) 又は原告が譲渡禁止の特約の存在を知らなかったことについては重大な過失があった。すなわち、
(1) 建設業を営む者の間では、工事請負契約書にはいわゆる四会連合協定による工事請負契約約款が用いられ、右約款には譲渡禁止特約が付されていることは一般的かつ常識的な事柄に属し、この種業界の事情に少しでも通じている人々の間においても、建設工事請負代金債権に譲渡禁止特約が付されているとの認識は、相当広範囲に浸透している。
(2) 原告は、建設工事を業とする法人であるから、建設業界の通常の実務について十分な知識を有していたものと認められるのであり、わずかの注意を払えば、大手建設会社が関係する本件債権に譲渡禁止特約が付されていることに思い至ったはずである。また、原告は、本件債権譲渡に際し、被告ステンレス加工が有していた注文書を閲覧しているが、右注文書には、「注文書に記載なき事項は下請基本契約約款による」という記載があったところ、右下請基本契約約款には譲渡禁止特約の規定があったのであるから、右約款の提示を求めるなどすれば、容易に右特約の存在を知り得たものである。したがって、本件債権に譲渡禁止特約が付されていることを知らなかったことにつき、原告には重大な過失がある。
三 抗弁に対する認否
抗弁1、同2は否認ないし争う。原告は譲渡禁止特約の存在につき善意であり、かつ、譲渡禁止特約が付されていることを知らなかったことにつき重大な過失はなかった。すなわち、そもそも、本件のような債権譲渡禁止特約は合理性が乏しいものであるから、重大な過失の判断はこれを限定的になすべきである。また、建設業界の圧倒的多数を占める中小の建設業者の間では、口頭で工事を請け負うのが一般で、契約書などは利用していないのであり、中小の建設業者の間では、譲渡禁止特約が一般的、常識的なものであるとはいえない。さらに、原告は、鋼構造物の加工及び販売を主たる業務とする金属加工業者で、建設業者ではなく、建設業界に通じているものでもないし、零細企業であって債権回収に不慣れで、債権譲渡を受けたこともこれが初めてのものであった。そして、原告は、本件債権譲渡を受けるに当たって、被告ステンレス加工が所持していた「注文書」等を検討したが、譲渡禁止の文字はどこにも印刷されておらず、また、被告ステンレス加工に対し、本件債権譲渡に問題がないかを尋ねたところ、問題ないという返事であったので、本件債権譲渡を受けたものである(また、仮に下請基本契約約款を読んだとしても、その一四条が譲渡禁止特約であるとは直ちに理解できないというべきである。)。このような事情を考えると、原告には、譲渡禁止特約の存在を知らなかったことにつき重大な過失はないというべきである。
理由
一 請求原因事実について
被告ステンレス加工との間では、請求原因事実について争いがない。
被告国との間では、請求原因1(三)、同2、3及び5の事実は争いがない。また、被告太陽信用金庫との間では、請求原因1(三)、同4及び5の事実は争いがない。
そして、右両被告との関係では、関係証拠(甲第一号証、第七号証、第一三、第一四号証)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1(一)及び(二)の事実を認めることができる。
二 次に、被告国及び被告太陽信用金庫の抗弁(ただし、前記のように、被告太陽信用金庫は、譲渡禁止特約の存在及びそれについての原告の悪意のみを主張するものである。)について判断する。
1 証拠(乙第一号証の一、二、甲第一四号証)によれば、乙第一号証の一の被告ステンレス加工代表取締役倉井正名下の印影は被告ステンレス加工代表取締役倉井正の印章(いわゆる実印)により顕出されたものであることが認められるから、乙第一号証の一は真正に成立したものということができ、右書証によれば、三井建設と被告ステンレス加工との間を規律する下請基本契約約款一四条に基づき本件債権については譲渡禁止特約が付されていた事実を認めることができる(なお、仮に被告ステンレス加工側において内容を十分読まずに判を押したものであるとしても、それは直ちにこの譲渡禁止特約の効力を否定する理由にはならない。)。
2 しかしながら、本件で、原告代表者が本件債権につき譲渡禁止特約の付されていたことを知っていたと認めるに足る証拠はない(確かに、後記認定によれば、三井建設のような大手建設会社が工事下請契約を締結する場合には、一般に請負代金債権の譲渡禁止特約を付した契約を書面により締結していること、これらの事情は建設業界ないしこれに関係する業界においては相当程度知られていることが認められるが、それだけで、原告が悪意であったと推認することはできない。)。
3 そこで、原告が譲渡禁止特約の存在について知らなかったことにつき重大な過失があったといえるかを検討する。
(一) この点については、証拠(甲第三ないし第五号証、第八ないし第一〇号証、第一三、第一四号証、乙第二ないし第八号証、第一一号証)によれば、以下の事実関係を認めることができる。
(1) 建設業界では、中央建設業審議会により民間建設工事標準請負契約約款(甲)及び(乙)が、また、社団法人全国建設業協会等により工事下請基本契約約款等が制定され、これらが一般に広く使用されているが、これらにおいては、いずれも譲渡禁止特約が付されている。そして、中小の建設会社はともかく、三井建設のような大手建設会社が工事下請契約を締結する場合には、これらの標準約款等に準拠した内容の、すなわち請負代金債権の譲渡禁止特約を付した契約を書面の形で締結するのが普通である。そして、このような事情は、建設業界ないしこれに関係する業界においては相当程度知れ渡っている。
(2) 原告は、金属加工の仕事を主として行うものであり、大手建設会社の下請会社(被告ステンレス加工)から金属加工の下請の仕事を請け負うなどしていた。また、建設工事業もその目的の一つとして掲げており、平成九年には建設業の登録も行っている。
(3) 原告代表者は、本件債権譲渡に際し、被告ステンレス加工に対し、「債権譲渡しても大丈夫か。」と確認したところ、被告ステンレス加工側は、本件債権に譲渡禁止特約が付されているとの認識がなかったため、「問題ない。」と回答した。
また、原告代表者は、その際、被告ステンレス加工が所持していた三井建設発行の「注文書」、被告ステンレス加工発行の「納品書兼請求書」を閲覧したが、右書面上には直接債権譲渡を禁ずる旨の条項を見出せなかったため、本件債権につき譲渡禁止特約が付されていることについては思いが至らなかった。
(4) 三井建設発行の注文書の下部には、「契約条項」と題して、「1 注文書に記載なき事項は当社下請基本契約約款によるものとする。2 受注者は、代金受領の都度規定の三栄会賦金を納付するものとする。3 注文金額は工事価格に取引に係わる消費税及び地方消費税を加えた額である。」との文言が印刷されていた。なお、右文言は、書面の下部にやや小さめの活字で印刷されていたものであるが、注文書に目を通す場合、見落とすようなものではない。
(二) 以上の事実を前提として、重大な過失の有無について検討する(なお、ある債権につき譲渡を禁止するかどうかは本来債権者・債務者の自由な合意にゆだねられているところであるが、この譲渡禁止の特約の存在は必ずしも第三者に明瞭でないことから、譲渡を受ける第三者の取引の安全を考慮して、右第三者に悪意又は重大な過失がない場合は、右譲渡禁止の特約を右第三者に対抗できないと解釈されているものである。したがって、仮にある債権につき譲渡禁止の合意をすることが当該債権の当事者にとって合理性に乏しいという場合であっても、譲渡禁止の合意は効力を有し、かつ、この合理性云々は、重大な過失の有無の判断に影響を与えるようなものではないというべきである。)。
前記認定によれば、原告は、建設業を営むとまではいえないとしても、建設業界と密接に関わるものであり、そのような者として注意を払うことが要求されるというべきところ、前記のように、三井建設のような大手の建設業者が工事下請契約を締結する場合には一般に請負代金債権の譲渡禁止特約を付した契約を書面により締結していることが相当程度周知されているという状況にあるのであるから、原告は、わずかな注意を働かせれば、本件債権に譲渡禁止特約が付されていることを知り得たというべきである。特に、本件では、原告は、本件債権譲渡を受ける際に、三井建設発行の注文書を閲覧しているところ、右注文書には「契約条項」と題する記載があり、そこには「注文書に記載なき事項は当社下請基本契約約款によるものとする。」という記載がされていたのである。したがって、このような取引の場に身を置く通常人ならば、この記載から、本件債権の具体的契約内容は「下請基本契約約款」に記載されていること、したがって、それを閲覧すべきであることを容易に思い至ったはずである(通常の支払に問題が生じ、債権譲渡がされるというような局面では、債務者たる譲渡人の言動が必ずしも信用できないことは公知の事実であり、原告としては、被告ステンレス加工の債権譲渡に問題ないという言動を盲信すべきではなかった。なお、前記のように、契約条項と題する欄が書面の下部にあり、活字のポイントがやや小さかったとしても、右記載は見落とされるようなものではなかったのである。)。そして、その閲覧は容易になし得るところであったというべきである(原告は、被告ステンレス加工が当時右約款を所持していなかったと主張するが、三井建設に問い合わせるなどすれば、簡単に内容を知り得たはずである。)。そして、右約款一四条は、「権利義務の譲渡」という表題の下、「乙(下請負人・被告ステンレス加工)は、本約款及び個別工事契約により生ずる権利又は義務を第三者に譲渡し、又は承継させない。ただし、甲(元請負人・三井建設)の書面による承諾を得た場合は、この限りでない。」と定めているのであるから、右条項を読めば、本件債権が譲渡禁止になっていることは容易に理解できたというべきである。
そうすると、原告は、本件債権に譲渡禁止特約が付されていることを知らなかったことにつき重大な過失があったというべきである。
三 そうすると、原告の被告ステンレス加工及び被告太陽信用金庫に対する請求は理由があるが、被告国に対する請求は理由がないことになる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 大坪丘)
(別紙)
供託金目録
一 供託所 東京法務局
供託年月日 平成一一年八月二四日
供託番号 平成一一年度金第五一四九四号
供託金額 六五一万六四〇〇円
供託者 三井建設株式会社
右供託金のうち金五七六万四二五〇円
二 供託所 東京法務局
供託年月日 平成一一年九月二二日
供託番号 平成一一年度金第五九〇二五号
供託金額 二五五万二六〇〇円
供託者 三井建設株式会社
右供託金のうち金一二五万八八〇〇円